Rubaiyat



Diabolia外伝~記憶を濡らす琥珀酒~(後半)

 不快感は絶頂だった。喜びの涙も、感動の別れも、完璧にぶち壊された。
 出発のときは頂点に至ってすらいなかったお天道様は、隣の港町までの道中で、既に水平線の向こうの雲の台座へ身を寄せている。夕焼けの色が山の合間から迸る平野は金色に満たされ、黄昏に満ちた味わい深い情景をかもし出していた。俺たち二人には最高の情景だろう。
 俺たち二人だけなら。
 もう一人は無表情で俺の目の前に立ちはだかっていた。慶花と同じように短く刈り込んだ頭髪、細い一重の目、頬骨は張っておりきつく結んだ唇はからからに乾いている。顎に生えた髭は整えられていた。
 陸堂紅慈。陸堂家現当主であり、俺の糞親父だ。体力や感覚は若い俺の方が上だろうが、親父の蓄積された経験とそれに裏づけされた自負の前には、そんなものは児戯にも等しいことだろう。だがそれでも不思議と、恐怖や絶望を感じることはなかった。不快感だけが胸に汚泥のように溜まり、それに抗うように口の端には笑みを浮かべる。自分でも驚くほどの落ち着きようだった。
 親父は組んでいた腕を下ろした。
 「帰るぞ。子供は親には逆らわないものだ」
 期待を裏切らない台詞は、大袈裟に鼻で笑い飛ばしてやった。
 「子供だと?今日は成年の儀のはずだがな。当主を継ごうが継ぐまいが、俺はもうそっちの理屈では大人だ。構わないでもらいたいね」
 反吐を叩き付けたくなる態度へ吐き捨てるのは、暴言だけで十分だ。不安げな面持ちを寄せる凛を背後へ隠し、親父の双眸を睨みつける。五十を越えてなお、澄んだ色を湛えるその瞳は、怒りも悲しみもありはしない。いっそ怒ってもらうほうがまだよかった。それなら多少なりとも考えもしたし、相談もしたというのに。そもそも俺が自分でも丸分かりの馬鹿げた逃走劇を企画したのは、この人間としての情緒を失っているのか疑いたくなるほどの保守的な態度が気に食わなかったからなのだ。既存の慣習を改善する俺の行為、主張に対しても、賛成どころか反対すらなく、只管無視される。まるでそれこそが美徳だといわんばかりに。
 石頭の糞頑固親父は、呆れたと言わんばかりに溜息を吐き出した。
 「当主を継がずして何が大人だ。果たすべき義務も果たさずして自分の都合だけを押し付け、周りのものを振り回すその様は子供の頃から何も変わっていないではないか。この国のことを、家のことを考えたことがあるのか?相手の光明寺家のこともそうだ。お前との縁談が破談になるということが、どういうことか分からぬ年ではないはずだろう」
 「分かった上でやっている!護国の要とまで呼ばれた由緒正しき剣術を正式に継ぐものとして生まれた俺に備わっている義務も、俺が身勝手に動くことが周りの人間にどれだけ実質的な被害を及ぼすことになるかも、俺は全て分かった上で動いている!光明寺家が断絶を受けようとも、それを引き起こした因をこの身に焼き付けて、必死で生きていくだけの覚悟をしているんだ!」
 俺の独断の行動が実れば、周りに与える被害は甚大なものとなる。陸堂家はお上より必要とされる家柄だからまだしも、この家に関わってきた柴木家をはじめとする世話人の家系や、俺と婚儀を結ぶ予定だった光明寺茜の家は酷い罰を受けることだろう。事実はどうあれ、この事件を端から見れば光明寺家の出した娘に問題があって婚儀がぶち壊されたとしか思えないからだ。俺もそれくらいは頭に回っていたつもりだ。彼女の顔を思い浮かべれば、良心の呵責が棘を放つが、その罪と痛みくらいは背負うつもりでいる。
 否、きっとそれは言い訳にすぎず、彼女と彼女の家の苦しみを考えるよりも、凛と一緒になることが俺にとって大事なだけというのが本心なのだろう。結局俺も身勝手なだけなのだ。
それを知ってか知らずか、親父は嘲笑すら浮かべず、表情からは只管呆れを垂れ流す。
 「お前の覚悟など誰も求めていない。皆、唯々平穏な暮らしを望んでいるだけなのだ。培ってきた平和に、悪戯にひびを入れたくないのだ。そんなことも分からずして何が覚悟だ。馬鹿げたことをほざくのもいい加減にしろ」
 「平穏な暮らしだと!?真に平穏な暮らしを望むのならば、こんな進歩の無い生活をするべきじゃない!明らかに非効率的で、個人の意思を侵害し、産業と精神の発展を阻害する悪質な慣習は多少の犠牲と痛みを払ってでも排除するべきなんだ!陸堂家はその諸悪の根源だろう!田畑を耕したことも無い糞爺どもが机の上だけで話し合い、自分達の下で生活し、自分達を支えてくれる要の百姓のことなど全く見ずに全てを決めている。最初はあった不平不満も、この生活が長く続けばそれが正常だという退廃した価値観を生み出し、上から下まで全ての人間が保身にだけ走り、ただ諾々と日々を過ごす。確かに争いは無いさ。だがそんなものは平和でもなんでもない!誇りを失っているだけだ!家畜に成り下がっているだけだ!」
 胸の中に溜めてきた全てを一気に言い放った。激しく鼓を打つ心臓は、息継ぎせずまくし立てたせいか、それとも思いのたけを吐き出した緊張からか。上下する肩を宥めながら、俺は親父を上目遣いに見る。親父は若干俯いて、瞳の色を隠していた。
 顔を撫でる風が、急に冷たくなった。
 金色だった空は、薄暗い藍色に沈み始めている。
 影が、ぞくりと震えた。
 「―――残念だ」
 搾り出したような親父の声は、悲しげで、しかし人間としての情緒は最後のひとかけらまで忽然と消えている。まるで長い舌で舐められたかのように、背中に悪寒が這い上がった。
 「お前は陸堂家の歴史において突出した力を持つとも言える者だった。力の薄い慶花に比べ、どれほど可愛かったことか」
 嬉しくもない、否、嫌悪すら沸く褒め言葉だ。親なら力の有無に関わらず両方の子に愛情を注ぐべきだろう。
 嫌悪がするという点では殊更始めと変わりないのに、こちらの情態は酷く揺れている。腕には鳥肌が立ち、足は無意味に強張り、頬は冷や汗が駆け抜けた。相変わらず背中を嘗め回す悪寒は、消えるどころか重荷となって圧し掛かる一方だ。
 一体何だ、この感覚は。
 「だが、聊か思想的に問題があるようだ。連れ帰っても改心するとは思えん」
 眼前へ飛び込んでくる不可視の壁が俺の身体を軋ませる。後退しそうになる足を意地だけで地に縫い付け、唇を噛み締めて震えを堪えた。
 何だ、何なのだ。
 まさか、これが―――
 「消すも已む無し。―――残念だ」
 殺意なのか!


 「凛!下がってろ!」
 一閃は視界の端の夕日を切り裂いた。軌跡すら見せぬ高速の移動から繰り出された超高速の剣撃は、ぎりぎりで屈んだ俺の髪の毛数本を持っていく。間髪入れず地に下りる剣を掻い潜って俺は大きく後ろへ跳び退った。刃は地面すれすれで止められたが、込められた殺意と力は止まらない。切り裂かれた大気より生まれる旋風が、親父の足元の土を巻き上げた。親父の手に握られるのは4尺に僅かに足らない一振りの刀だ。ほんのりと青いその刀身から付けられた名は、“漣月(ゆれづき)”。
 俺は慌てて神雨を引き抜く。その様子は動揺を垂れ流しにしていたはずだ。怯えた目をして、強張る手で握った神雨の切っ先が小刻みに震えているのだから。
 「ちょっと待てよ!親が実の子を殺すのかよ!しかも理由が意見の食い違いか!?いまどき警吏も呆れるぞ!」
 説得になるとも思ってないが叫ばずには居られなかった。意味が分からない。なんで俺は殺されなきゃならないんだ。只管に恐怖だけが全身の隅々まで駆け巡り、両足は今にも逃げ出したいと叫ばんばかりだ。だが修練のたまものか、足は逃げずに地面を掴み、切っ先は震えながらも親父の喉を睨みつけている。俺は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
 親父の耳は、酷く聡い。俺の呼吸の切れ目に合わせ、踏み込みの過程を無視して唐突に俺の間合いに現れる。ぎりぎりで知覚できた右からの太刀筋は掲げる神雨で弾き、俺の狙いは鎖骨への峰打ちだ。
 そのはずだった。その太刀筋が感覚の中から消えうせるまでは。
 刹那の見切りは刹那の当惑に塗りつぶされ、背筋が悪寒で凍りつく。まだ明るさが残る夕暮れが、一瞬で深淵の闇と化したようだ。右も左も分からぬほどの困惑の中、凍りついた背中に突如、熱が戻る。燃え立つほど熱い背筋に、全身の力が戻る気がして―――
 そして俺は顔面に酷い衝撃を感じた。草花と、乾いた土の匂いが鼻の奥をくすぐる。地面なのか?なんでこんなところに?背中の火照りは治まるどころか、激しく加速し始め、右肩の向こうから炎の欠片が噴き出したような錯覚までもが視界の端を蠢いた。炎?違う。これは、これは、真っ赤な、真っ赤な、血液―――
 声にならない!声にならない!喉が、目頭が、背中が!胃が搾られる!吐き気が!
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
 激痛と呼ぶことすら生易しい神経信号は、俺の身体を草地の上で転がした。傷跡に草花と砂が摩り込まれる感覚が、鮮明すぎる感覚を更に激しく刺激する。
 甘すぎた!一撃を受ける痛みがこれほどのものだとは!まともな思考も、目を開くことすらも許さず、烈火の如き痛みは只管転がることを強制する。反撃も防御も回避もできない。一撃で殺される。殺される?殺されるのは―――嫌だ!
 口の端から泡を吹きながら、俺は両手で地面を叩き、立ち上がって神雨を構え直した。背中を逆袈裟にやられたらしく、右肩があがらない。這い上がる痛みが衰える様子は無く、熱は滾る一方だ。顰めた表情で、頼りなげに左手一本で神雨を構え、俺は親父に相対する。
 「弱弱しいな」
 五月蝿い。黙れ。気を張るだけで精一杯で声など出せるわけが無かった。
 「娘の命は保障してやる。楽に、逝け」
 逝ける訳があるか!こんなところで、こんなところで死んでたまるものか!
 持ち上げることすら困難な瞼、ままならない視界。動かない右腕。恐怖がこびりついて怯えるままの両足。生への執念だけを身体から噴き出して、ふらつく俺はまるで亡者だ。
 信じろ!勝てないと思うな!生きろ、生きるんだ!
 根拠も無い、希薄と云う言葉すら不十分な希望を反芻する。
 親父が自嘲気味に笑った気がして。
 一瞬で眼前の大気は押しのけられた。
 俺に礼儀でも払ってくれたのか、攻撃は馬鹿正直に真正面からの逆袈裟割りだ。だが、太刀筋が分かっても身体がついていかない。
 生きる。俺は生きてみせる。いや、神が俺を生かすはずだ。
 この期に及んで、自信を超越した妄想を抱き続ける自分に苦笑して、俺は漣月を待ち受けた。


 まさに奇跡としかいいようがない。神が居るとしたなら、俺は本当に神に生かされた。だがこれが神の仕業だというのなら、俺は神を斬り捨てなければならない。
 「どうして!どうしてなんだ!」
 困惑と衝動が、俺の双眸から感情の奔流を垂れ流しにし、傍で剣を携えた親父は呆けたように俺を見下ろしている。その視線は俺の涙か、俺の服を濡らして滴る大量の血液か、もしくは―――
 「なんでお前が死ななきゃならないんだよ!凛!」
 俺の腕の中で横たわる凛の身体は、俺と同じように右肩から左脇へと刀傷が抜けている。俺と違う点は、背中ではないことだ。深く刻まれた傷口からぬらりと光った臓物が蠢いている。傷の奥で顔をのぞかせる臓物は、まるで源泉のように血液を搾り出していた。命の色を薄めていく肌が、血液の鮮明さを更に際立たせていく。
 あの瞬間、凛は俺と親父の間に踏み入り、身を盾として俺を庇った。親父の踏み込みを妨げられるなんて奇跡中の奇跡だが、こんな奇跡ならおきて欲しくなかった。
 凛は、俺の顔を見上げると少し微笑んだ。そして唇を動かすが、もう声は出ていない。唇が動くたびに血液がごぼごぼと噴き出したが、俺は凛の最後の台詞を止められなかった。―――助からないのは、目に見えていたから。

 日向様、親子で殺しあうなんて、おやめになってください

 「分かった。心配するな」

 私を失ってお辛いかもしれませんが、私も貴方を失っては、生きる意味が無くなってしまいます。貴方だけでも生きてください。

 「俺だって君が居なくちゃ―――でもそれが君の最期の望みなら」

 わがままで申し訳ありません。

 「いいんだ。謝るのは俺の方だ。」

 いままで、ありがとうございました。

 凛は弱弱しく微笑んで、そして土気色の肌に身を包み、人を終えた。俺は“凛だった物”を手の内から解放して、地面に横たわらせる。
 夕日は逃げるように水平線の向こうへ埋没した。虚しいと感じる感覚まで飲み込むほどの果てしない虚無感は、忍び寄る夜闇よりも暗く深い。何時の間にか、傷の痛みすらも腫れ物を扱うかのように俺から遠ざかっていた。
 「帰るぞ」
 親父は漣月から滴る血を振り払った。
 「その娘が死んだ今、お前が意地を張る理由は無いだろう。戻り、当主の座を継ぐのだ」
 奈落のように落ち続ける虚無感から、何かが這い出してくる。熱く、赤い、妖のようなものが奈落の壁を上り、蹴り、飛び上がってくる。爪を突き立てる感覚が俺の全身に力を漲らせ、蹴り、飛び上がる感覚が、俺の意識を高揚させる。痛みはもう、俺の元から逃げ出していた。
 熱い。炎か?いや違う。
 赤い。血か?いや違う。
 これは紛れもなく強烈な―――
 「凛はああいったが、俺は絶対に貴様を許さない」
 ―――やる。
 「峰打ちで済ますつもりだったがもうやめだ」
 ―――てやる。
 「刃に死を刻まれて」
 ―――してやる。
 「今ここで命を果てろ!」
 ―――殺してやる!
 構え、踏み込み、抜刀。その三動作を完全に省略して俺は親父の横手から斬りかかる。赤に見紛うほどに殺意に塗れた神雨は、薄い青に揺れる漣月に阻まれた。刃の噛合う音が鼓膜に炸裂する頃には、俺は既に親父の背後だ。親父の胴を切り払う一撃は、引き戻された漣月の柄が受け止める。しかし俺は親父の膂力をものともせず、神雨を振りきり親父を押しのけた。
 圧倒的な膂力で身体ごと吹き飛ばされた親父の身体が微塵も遺さず消える。左後方から振り降りる一撃を知覚して、滑るように刃を差し入れた。はずだった。
 知覚した刃が唐突に消えうせる。刹那の見切りが再び、刹那の困惑に打ちのめされた。既に辺りを包みきった夜闇が、更に深淵の闇に落ちる。
 だが、俺の抱え込んだ奈落はこの程度の闇じゃない。
 俺は直感だけで真正面へ横薙ぎ振り切った。
 手に余るのは、形容しがたい手ごたえ。振り切った直後、刹那の間をおいて、俺の顔に生暖かい水が飛び散る。強烈な生臭さが鼻腔を駆け抜け、闇の中で影が力なく崩れ落ちた。風の音の中で、ごぼごぼと水が湧き出るような音が動き出す。そして、それは咳き込む音に中断された。喉から迸った血液は足元をじっとりと濡らす。
 俺は冷静で、それでいて殺意に満ち溢れていた。だのに背中を襲う虚無感と、鼻を抜けるような寂しさは一体何なのだ。俺は頭を振って、ちらつく雑念を振り払う。俺は、間違っていない。間違っていないんだ。
 「死ね」
 神雨を振り下ろす瞬間、悲しかったのは何故なのだろうか。
 そして、神雨が金属音を上げて鳴いたのを、安堵したのは何故なのだろうか。
 「もういいだろう」
 神雨を受けたのは、刀身が夜闇の中ですら目立つほどに黒い、兄弟刀悪風。俺を阻んだのは、他でもない陸堂家次男陸堂慶花だった。


 船室の丸い窓から見上げた空は、透き通った青い色を顕示していた。その美しさに、しばし見惚れる。思わず頬が綻んで、そのまま布団へ寝転んでしまった。
 「痛ぇ!」
 治療されたとはいえ、背中の傷は健在だ。頭の中が真っ白になりそうな痛みに俺は板張りの床を転がりまわった。
 ここは昨晩に港町四子隅から出航した子鮫丸の船室の一つだ。本来船室は団体部屋なのだが、船長の計らいで俺には個人部屋が当てられた。嬉しいことこの上ないが、これも陸堂家の人間だからという意味があるのだと思うと、聊か虚しくもあった。
 昨晩、途中で現れた慶花は俺にこう言った。「ここを出て行ってくれ」と。当然だろう。あんな男でも、慶花にとっては親父に違いない。掛け替えの無い家族に違いないのだ。そして俺も家族に違いないからこそ、慶花は俺を殺そうとはしなかった。「これ以上やるなら僕が相手になるよ」とは言っていたけれど。
 慶花に負けるとは思わないが、それでも俺は親父に止めを刺そうとは思わなかった。慶花まで手に掛けるのが嫌だったというよりは、既に俺は親父に対して、いや親父に止めを刺すことに関して興味を失っていたという方が正しい。何故なのだろうか。憎しみは消えるどころかますます増長して滾るほどだというのに、もう刀を振り下ろせる気がしない。これが、家族というものの限界なのだろうか。いや、少なくとも親父はそうじゃなかった。本気で俺を殺しにきていたはずだ。ならば、俺が甘いということなのだろうか。
 俺は凛の髪の毛を一房だけ入れた袋を握り締める。凛の遺体の処理は慶花に任せた。俺にそんな暇は無かったから。
 「―――すまない」
 謝ったのは他でもない、凛に対してだ。凛を必ず守ると心に決めているのに、守るどころか逆に守られ、あまつさえ仇を討ち損ねるなんて、そして討つ意思が既に消えかかっているなんて、凛に対する侮辱に思えたからだ。俺の凛に対する気持ちはそんなものだったのか。自責は更なる自責を呼び、心は底の無い奈落を絶え間なく落ちていく。
 「でもお前は、親子で殺しあうな、って言ったんだよな」
 守れなくてすまない。謝るばかりだ。本当に情けない。そして虚しい。謝る相手なんて、もうこの世に居ないのに。
 「会いたいよ」
 何故隣に居ないんだ。
 「君の声が聴きたいよ」
 何故ぬくもりを感じられないんだ。
 「君の笑顔を感じたいよ」
 何故、何故、何故―――
 「―――泣いても、いいよな?」
 返事は、やはり無かった。


 ブランデーを湛えたグラスに浮かぶ氷は、その姿の大半を消失させていた。グラスの半ば以上に量を増やしたブランデーを一気に飲み干す。薄まった味は、軽い口当たりで喉を駆け抜けていった。
 「そんなとこだね」
 一通り話終わった俺は、懐から出した黒っぽいイクラム(たばこ)を咥えて火をつけた。肺一杯に吸い込んで、一気に吐き出す。うっすらと紫色の煙が、目の前を一瞬だけ漂った。相変わらず、イクラムは美味くない。銘柄の問題じゃなく、イクラム自体が。
 「リド(イクラムの俗称。蔑称に近い)なんて吸ってたか?」
 俺の相棒、霧上魔狐兎は傍目に分かるほど表情を顰めて、顔の前を手で仰いでいた。そういえばこいつは、イクラムの煙が嫌いだったな。
 「たまにね。美味いとは思わないけどさ」
 落ち着くんだよな。そう呟いて、また煙を吐き出した。今度は魔狐兎の顔にかからない方向へ。煙は一瞬だけ姿を見せて、文字通り霧散する。この店内は心地良い夜風が通り抜けており、換気に優れているようだ。
 二杯目のブランデーを手酌して、氷を入れる。可愛らしい音を立てて、氷はその身体に亀裂を入れた。
 「それで、どうしたいんだ?」
 訊き返すこともなく、俺は魔狐兎を一瞥した。魔狐兎は少しだけブランデーを口にしてグラスを置く。そして俺の方を真っ直ぐに見据えた。
 「どうせお前のことだ。答えが出せなくて拘っている過去なんだろう?いや、答えは出ているけれど、葛藤のせいで行動できないのか」
 だから、俺になんか言ってもらいたかったんじゃないのか?そこまで一息に言って、魔狐兎はグラスをあおった。そこまでお見通しだとは、こいつの観察眼には頭が下がる。年も変わらないのに、俺よりもずいぶん大人なイメージを受けるのも仕方ないことか。俺は返事をするでもなく、ただ微笑んで、ブランデーを飲んだ。
 「一度、帰れよ」
 「え?」
 訊き返さずにはいられなかった。帰る?あの忌まわしい陸堂家に?想像するだけで、手に汗が滲んだ。それは憎しみなのか、後悔なのか。それとも、後ろめたさなのか。
 「お前は一つやらなきゃいけないことがあるんだよ」
 「やらなきゃいけないこと?」
 なんだそれは。確執の解消?まさか、俺に親父を殺せだなんて言うつもりじゃないだろうな。
言われたとしてできるのか。憎しみは、一度たりとて消えたことはない。許したこともない。だが殺すどころか、神雨を抜くことすらできそうにない。
 それとも、亜佐美さんに謝罪しろと?あの病弱だが暖かな凛の母の顔を思い浮かべるだけで背筋が凍る。この数年間考えないようにしていた自責が、再び意識の沼から起き上がり俺の方を睨みつけている。魔狐兎は一体俺に何をさせようと―――
 「墓参りだ」
 「―――は?」
 俺は思考が飛んだ。
 「は?じゃねえよ。お前の昔の女の墓参りに行ってこい。そして島を出てからどこをどう旅して今何してるか報告してこいよ」
 命の恩人の墓参りは、俺でも毎年欠かさずやってるぞ。そう言って、魔狐兎はあきれた顔で俺を見つめている。
 俺は何かが晴れた気がした。そうか、そういうことでよかったのか。そうだよ、俺は俺に出来ることをするだけじゃないか。
 「喜ぶかな?彼女」
 魔狐兎はすこし微笑んで
 「かもな」
 グラスに残ったブランデーを飲み干す。それを叩きつけるようにテーブルに置いて、紙幣を二枚グラスに重ねた。
 「今の仕事が終われば、再来週から休暇だ。ちゃんと行ってこいよ」
 俺は先に寝る。魔狐兎はあくび混じりに言って酒場の出口へ歩いていく。俺はその背中を呼び止めた。
 「お前には、助けられてばっかりだな」
 魔狐兎は嬉しそうに笑って
 「お互い様さ」
 酒場のドアをくぐって行った。
 「墓参り、か」
 まずなんて言おう。ひさしぶり、だろうか?それとも四年も墓参りをしなかったことを謝るべきか。また謝るのは格好悪い気もするけれど。報告することは沢山あるから大丈夫だが、逆に沢山ありすぎて大変かもしれない。大陸の酒を持っていくべきだろうか。いや、あいつは酒よりも花の方が喜ぶかな。
 グラスに残ったブランデーを飲み干して、魔狐兎のように紙幣をグラスに重ね、酒場から出る。
 久しぶりに、休暇が楽しみだ。
 俺の気持ちは、この満天の星空のように美しく澄み切っていた。


(終)



陸堂日向君が故郷を出るきっかけになるイベントがこんな感じです。
ま、ベタなお話ですが、日向の怒る様子、悲しむ様子が伝われば幸いです。
ちなみに日向は十八歳で故郷を出て、現二十二歳でクエスターやってますが、彼がクエスターになったのは二十歳のときです。つまり故郷を出てクエスターになるまでに二年間の空白の時間があります。その間の放浪生活も書けたら書きたいんですけどね。案は一応あるし。

ま、書けてよかったです。わーいヽ(´▽`)ノ

陸でした。
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by hisaya_rikudo | 2005-11-20 21:37 | 小説
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御国を守ります。
桜並木を切り飛ばす。

作品力を上げたい!同盟参加してます。

HN:陸堂久弥
好きなもの:麻雀
嫌いなもの:チョン
潰したいもの:創価学会
応援してるもの:又吉イエス
乗りたいモビルファイター:
ネオオランダ代表ネーデルガンダム
持病:中ニ病

長編
■Diabolia(連載中)
Infomation
クエストファイル1
王者の剣
[1][2][3][4][5][6][7]
クエストファイル2
白昼の暗器
[1][2][3][4]
Diabolia外伝
~陰謀と策略の影の愛情~
[1][2][3][4][5][6]
ある戦場にて(一話のみ)
記憶を濡らす琥珀酒(日向過去話)
幕間~霧上魔狐兎とゲイル・マクミール~


■兎に角なし(連載中)
キャラクター紹介
[1][2]


短編

赤い花

梅雨に乾杯

貫けた誓い

Time Insteae of Money

葬列の少女

四百字詰めの原稿用紙




ある殺人者の独白

僕は彼女が好きなんだ

フィオラ・ダンテの詩

悲しき呟き

空を飛んだ少年

My Name Is Time

偉大なる先達を讃えて

カチタイ。イキノコリタイ。

僕は道化

蜃気楼のオアシス

身勝手なHappyBirthday

エルフの御伽噺

生まれながらにして孤独
死に絶えるもまた孤独


タイトル省略

りんく

作家でごはん!

朝目新聞

裏ドラゴンボールマニア

X51.ORG

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ogrish.com

2ちゃんねる

世界経済共同体党
(代表 又吉イエス)


鳥肌実オフィシャルサイト

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聴くまで死ぬな、この曲を!!

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