「そりゃあね、あたしも悪いところはあるよ。でもあたしが怒るのも分かるでしょ?なのにあいつときたら謝りもしないしさ。だから――」
思いっきり張り倒したわけよ。
私の目の前の席でまくし立てる銀髪の女性は、酒臭い息と共に自信満々の台詞を吐き出した。私は嘆息して、嫌々ながら「それで?」と先を促す。何故嫌々なのかというと――
「そしたらあの男、何も言わずにパゴールから出て行っちゃったのよ!私はあいつのためを思って手をあげたのよ?それなのにひどい裏切りだと思わない?一言も言わずに私の前から消えるなんて!」
ほんっとに信じられないわ!
彼女は“予想通り”テーブルに手を叩きつける。ここまで予想通りだと、大道芸を見ているかのようだ。
「那魅、もうちょっと静かに飲んでくれないかしら」
私の左側で静かに酒を嗜む紫の頭髪の女性は、切れ長の目を鋭く光らせる。那魅と呼ばれた五月蝿い彼女は、渋々居住まいを正して口を尖らせた。
ここはベルク首都パゴールの南区シャルル通り3番地にある居酒屋“ルーイン”の一角だ。久しぶりに首都に寄った私は、奇遇にも旧友二人に出会い、久しぶりの再会を酒を交えて祝うことにしたのだ。
「リリはもっと美味しそうに飲みなよ」
那魅はそう呟いて、徳利の中身をお猪口に移さずぐいっとあおる。飲みっぷりがいいことと美味しそうに飲むということは違うと思うんだけれど。
「貴女が同じ話を延々とする癖を直してくれたら、きっとお酒が美味しくなるわ」
リリと呼ばれた彼女――リリルシールは意地悪く笑いながら、お猪口の酒に口付けた。
先ほど私が嫌々だと言ったのは、リリルの指摘どおり那魅が同じ話ばっかりしているからに他ならない。しかも今回の「男に逃げられた話」は、ついこの間のことではなく3年も前の冬の話だ。それを再会して酒を飲むたび毎回聞かされるのだ。たまに酒を飲んで話を聞かされる私ですら嫌々なのだから、同じギルドに居るリリルはたまったものじゃないだろう。そろそろ爆発してもおかしくない。
ひょっとしたらいつも爆発しているのかもしれないけれど。
しかし先に爆発したのは、那魅の方だった。
「分かってるわよ!3年も前の話だって言いたいんでしょ!でもね、私も頑張った恋愛なのよ!大事な思い出も一杯あるのよ!満たされなかった気持ちを愚痴ったっていいじゃない!」
テーブルに乗り出して大声で喚く那魅に、店内の視線は釘付けだ。昔馴染みの店長だけが素知らぬ顔で鶏肉を焼いている。またか、と思っているのだろう。
居た堪れなくなって、私は口を開いた。
「まぁまぁ、落ち着いて。リリルもずっと静かにしてるから那魅が喋るんだよ」
「じゃあ私の話も聞いてくれる?」
私の言葉尻を取って、リリルが顔を上げた。獰猛な猟犬のように喉を鳴らす那魅を落ち着かせながら「ええ、どうぞ」と私は生返事を返す。
そんな中でもリリルの声は落ち着いていて、澄んでいた。
「好きな人が出来たの」
ああそう、好きな人ね。――って
「ええええええええ!?」
思わず大声が出てしまった。那魅もあまりの驚きに怒りを忘れて呆然としている。手に持っていた箸が床に転がり落ちて孤独な声を上げた。
「――変かしら?」
変です。とは言えなかった。だがやはり変だ。美人でも結構とっつきにくい彼女に浮いた話など今までさらさら無く、男嫌いなのじゃないのかとまで思えた彼女に好きな男が出来たなんて。
「変よ、変。拾い食いでもした?」
デリカシーも遠慮も無い返事は那魅だ。拾い食いが原因で恋が芽生えるのなら、那魅自身が拾い食いをすればいいのに。
「失礼な人ね。話すのやめようかしら」
「ごめんごめん。お願いだから話して。何でも聞くわ」
楽しそうに身を乗り出す那魅に、さっきまでの怒りは欠片も無い。安堵もそこそこに、リリルが始めた話に私も聞き入ることにした。
長い夜になりそうなので先に自己紹介をしておこう。私の名前はリーメル・シェホフ。魔導師ギルドとベルク正教会両方から破門されたはぐれSage、それが私だ。
しかし、恋愛かぁ。私も拾い食いしてみようかな。
ずいぶん前に書いたガディウスSSをアップ。
今更アップする気になったのは、これの続きを書こうと思ったからです。
がんばって書くのでしばしおまちを(゚ロ゚