脂と血でさび付いた剣を捨てた私は、腰に差したもう一本の剣を鞘から引き抜こうとしたが、抜けなかった。こびりついた人殺しの痕跡は、刀身の発露を拒絶している。私は諦めてそれも捨てた。
足元に無数に転がる剣の一つを拾い上げて、柄を握る手に力を加える。二度ほどつっかえながら現れた刀身は、これまた赤黒く変色していた。
私はそれも捨てる。
入る鞘が無いのか、抜き身で捨てられている曲刀も、引き絞られたはずの身体はぼろぼろに酸化され、滾っていたはずの殺意は今わの際の老人以上に風化していた。
見渡す限り一面に転がる剣は全てそんなものばかりだ。赤黒く錆びて、全力で振れば風圧だけでへし折れそうな塵屑。
もっとも、剣の本質なんてそんなものなのかもしれない。
人間が必ず死を逃れられないのと同じで、剣も人を殺して自分も滅ぶ運命から逃れられないのだ。
都合よく考えれば、それは限りある命を全うした証、剣の誇りとも言える。人を殺すために作られた物が、人を殺して滅ぶことが出来るなんて、十分に幸せではなかろうか。
そんな私はこの都市で剣を作っている。だが戦が終わり平和になった日々の剣は、貴族の腰に下げられ、壁に飾られている。まるで宝石か絵画だ。
剣はその本質だけでなく、誇りまで失ってしまった。
私の工房の壁にも、一本の剣を飾ってある。
しかしそれは見目麗しいものではなく、鉄錆と血と脂の臭いを漂わせる、汚く醜い剣の死体だ。
「なぜそんなものを飾っておられるのですか」
必ず一度は尋ねる弟子達に、私はこう答えている。
初心を忘れないためだ、と―――
小説っぽいですが、詩です。
なにせ文章量がすくないんで。
よく漫画で「剣が人を殺すんじゃない、使う奴次第だ」とか言われてますね。
もっともらしい台詞です。
ですが、剣の立場になって考えたことがありますか?
人を殺傷する目的で作られたものが、持ち主の都合でその目的を妨げられるなど、剣からしたらたまったものじゃないと思いませんか?
別に剣を幸せにするために人を殺せなんていうつもりはありません。世界には色々な側面があるということを知ってもらいたかっただけです。
変な話になりましたね。
陸でした。